よくカウンセラーがクライアントの感情に共感したりますよね。
「今イライラされてるのですね〜」というように。このように共感的にリフレクションすることは、とても効果的なのです。
ですが!
やり方、やる量がとても大事になります。間違ってやるとせっかくのカウンセリングも台無しです。
まずは動画から
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より詳しく、記事でも解説しています。
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コンテンツ
リフレクションの間違ったやり方
結論からお伝えすると。心理カウンセラーさん
「やりすぎ」なのです。
結論を書いたら終わってしまいました(笑)
共感的なリフレクションだけをやっているカウンセラーもいると思います。ロジャーズに影響を受けたカウンセリングのパラダイムの影響だと思います。
他に何をしていいのかわからないというのもあるでしょう。とりあえず共感することが癒しに繋がるという思い込みがあるのでしょう。
そう教えられたのだと思います。
カナダの大学院時代の教授の流派
私自身も大学院の時、共感とか、受容とか大事だと教えられました。ロジャーズ派の教授もいたので。
ロジャーズ派って、今から思うと意味不明な流派だと(笑)
もうちょっとちゃんとしたこと教えて欲しかったです。
とにかく、スーパーバイズでも、私の言うことを全肯定みたいなことです。その時、ちょうど厳しい教授に指摘されまくってたのもあって、癒されました。
でも何も解決しなかったように思います(笑)
だから、厳しい教授がしっかり指摘して、ロジャーズ派の教授がフォーローする。そんな仕組みだったのかも。
そんな訳ない! とツッコミ入れたくなります。それぞれの教授、自分のやりたいようにやっていただけなのです。
ちょっと話を戻し、共感しすぎる害をお伝えしますね。
なぜ共感しすぎるとよくないのか?
不用意に使いすぎるとクライアントさんを依存させます。共感的な言葉をかけられると、どんどん心地よくなります。
長年続けているとカウンセラーだけが自分のことをがわかってくれる、みたいなことになります。
クライアントの周りの人との関係が悪く感じることもあります。「カウンセラーみたいにみんな共感してくれない」というように。
だから、本人が自立する力を奪ってしまうことにもなるのです。
例えるなら、甘いものは美味しい。たくさん食べたくなる。でも、食べ過ぎると依存してしまう。
共感は、あの白い砂糖のよう(笑)
いや違いますね。黒糖かな。ある程度だったら、カラダにいい。ビタミンとかミネラルとか。でも、取り過ぎると、、、
カウンセリングは永遠に続く依存ビジネス
スマホ業界、SNSの世界、砂糖や依存性の高い食べ物がスーパーに並んでいます。まさに依存ビジネスや〜!(笑)
カウンセラーが共感を提供する人、クラアントがその共感を受ける人。
砂糖のように甘くて、依存的な関係が永遠続けられることもあります。
言い方を変えれば、このようにビジネスが成り立っている部分でもあります。
カウンセリング業界に限ったことではありませんが、この部分は業界の闇です。改善すべき点です。
別に5セッションで劇的な変化を起こす必要があると言っているのではないです。クライアントの状態によっては何年とカウンセリングが必要が時があります。
でも、無意味に依存的な関係をダラダラ続けさす、カウンセラーもいるということです。自分が食べていくために。
共感や愛情がたくさん必要な人もいる
私は、クライアントさんに、ちょっと冷たい部分がある、とたまに言われることがあります。
相手の状況をみて、適量に使うようにしているからだと思います。
多分、他の共感しすぎるカウンセラーさんのセッションと比べられてるのだと思います。
私はそんな中、たくさん共感が必要な人には、たっぷり使います。
ほんのごく一部の人だけ、たっぷり必要な人おられます。
そうでない人には、あまり共感しないのです。適量を提供します。その見極めが大事。
共感と覚醒レベルの関係性
トラウマ症状が出ている人は注意が必要です。共感し過ぎると、覚醒レベルが跳ね上がることもあるのです。
より解離することも。
そして、深い部分に入りすぎてしまう。トラウマ症状が出ている人は、深める、というより。
浅める!?
こんな言葉あるのかな?(笑)浅める、というのは切り替えるということ。
感情が出過ぎたら、抑えることをうながす。調整するとも言えます。それが心理のお仕事。
共感は、実はとっても奥が深いのです。
虐待サバイバーと共感の使い方
共感的な言葉をかけ過ぎることは、一般的によくないのです。
その中でも、特に気をつけてほしい場合がいくつもあるのですが、2つお伝えします。
1つは、サディスティックな、暴力的な虐待を受けた場合です。
共感的な言葉がアンビバレントな感情になるのです。嬉しいけど怖いのような。
もう一つは、性虐待のサバイバーも同様に、グルーミングによって加害者が性的に優しい言葉をかけてきたり、暴力的だったり、一貫性がないことを体験しているのです。
このような状態で、共感され続けると、とても不快になることが多いです。フラッシュバックの引き金になることも多いです。
本人がもっと共感して欲しいと言って、それに答えていると、よくない結果になることもあります。
この辺を注意して頂けたらと思います。
共感の許容量を知る
クライアントが受け入れられる容量の「共感」を超えてしまっては逆効果ということになる。
知識の無い慈悲だけでは、ただの迷惑になってしまう。
新米カウンセラーだった頃、このことに気付いた時には相当なショックでした。
今まで良かったと思ってきたことが、ある意味の「おせっかい」どころか「迷惑」になっていたことが辛かったのです。
慈悲深いからこそ、クライアントを尊重するからこそ、許容量を見極めていき、提供する必要がある。
非言語的な共感も同じ
非言語的な共感も同じです。トラウマを何度も受けると、人の視線というものが脅威になることがあります。
セラピストが深く慈愛に包む感じで、目線を合わせてにっこり仏のように微笑んむこと、ありますよね。
実はこれが逆効果な時が多い。
繰り返されるトラウマによって人の視線が安らぎを与えるのではなく、「防衛的な反応」になると報告されています(Lanius先生)
真正面に座らないようにすることも一つの解決策だったりもします。そうするとクライアントは目を合わせない選択肢ができます。
ここまで散々、共感の危険性を伝えてきましたが、共感の効果的な部分も最後にお伝えします。
ソマティック共感とは? 海外のワークショップにて
ここで「somatic empathy」 の概念を紹介します。
この概念はsomatic transformation というsomatic experiencing から発展したものでDr Sharon Stanleyの言葉です。
簡単にいうと、セラピストが自分の身体感覚を感じながらクライアントと交流し、共感する言葉を返していくこと。
共感とは色々なレベルで行われる必要があるのです。感情、言語、身体のレベル。
Sharon先生のワークショップでそのデモをみました。
彼女がクライアントに言葉をかけなくても「頷き」だけでクライアントは今までで一番分かってもらったと感じたと言いました。
その場のエネルギー的なものは今でも覚えています。Sharon先生という人格、人間性、エネルギーすべてで交流しているようでした。
そのワークショプで、先生が私にかけたほんの一言が忘れられません。私は日本人であり、白人がほとんどのトレーニングだったので、外国人ということで少し萎縮していました。
先生がそれを感じとったのか、先生が主催する少人数の勉強会に誘ってくださったのです。
それは、どっちかと言うと、長年ずっとカウンセラーを続けているような中心者だけが参加できるようなものだと私は思っていたのです。
勉強会どうこうというより「あなたは私たちの仲間よ」と温かいエネルギーに包んでくれた気がしたのでした。
そんな共感的な言葉を全身で伝えられる人になりたいと思わされました。
と言うことで…..まとめると…..
共感は依存性が高い。
受ける方も、提供する方も注意が必要。
共感はクライアントさんに合わせて、適量に。
ソマティックな共感を育てよう。